「聖地」
最近の日本ではよく使われる単語だ。
本来の意味は「特定の宗教・信仰にとっての本山・本拠地となる寺院・協会・神社のあるところ」ということらしい。
イスラム教でいうメッカやキリスト教・ユダヤ教でいうエルサレムなど。
宗教色の薄い日本ではこちらの意味で使われることは少なく、新しい意味「アニメや漫画、ゲームなどのモデルとなった場所」のことをそう呼ぶ機会の方が多いのだろう。
「聖地」
そう聞くと私の頭にはある無人島のことが思い浮かぶ。
そこは四国と本州のあいだ、しまなみ海道の途中にある。
見近島。
大島と伯方島の間にある、小さな無人島だ。
そこへ行く方法は限られている。
しまなみ海道は四国(愛媛県)と本州(広島県)、そしてその間にある島々をつなぐ道。
複数の橋で構成された、正式名称「西瀬戸自動車道」という高速道路である。
通常の高速道路にはない特徴として、自動車専用道に並走する形で歩行者・自転車・125cc以下の原付が走行できる専用路が設けられている。
そう。
見近島はこの「歩行者・自転車・原付専用路」からでないと降りられない島。
車でしまなみ海道走っている限りはその存在すらも気が付かないであろう、幻の無人島なのだ。
どうでしょう?ワクワクしてきませんか?
私はしてきました。
そもそもこの島の存在を知ったのは19年の年始、年越し北海道ツーリングから帰る途中のことでした。
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苫小牧を出発した新日本海フェリーが敦賀港へ到着したのは午後9時前。
本当ならここから家へ直帰したいところなのだけど、私の家まではどんなに急いでも3時間以上かかる。
散々北海道の雪道を走ったあとなのだから正直しんどい。
北海道ではレンタカーで追走してくれた夫の電車も終電近いということで(そのあたりの事情は年越し北海道の記事を読んでいただけますと幸いです)敦賀駅前のビジネスホテルへ宿泊することにしていた。
夫には港からのシャトルバスで先にホテルへ向かってもらい、部屋で合流する約束をした。
先に降りる夫を見送り、愛車のもとへのんびりと向かった。
年越しという大きな山場を終えた駐輪場では既に緊張感はなく、むしろ疲労感が漂っているようだった。
フェリーに乗ったことがある方にはなんとなくわかるかもしれないのだけど、下船するとそれぞれが住んでいる地域に向けていくつかのグループに別れ、同じ方向へ進む小さなバイクの群れができる。
スイミーの兄弟たちのように道路を流れる最中、1台のバイクに目が止まった。
同じ色、同じ年式のクロスカブ。
それだけならよくある光景なので見過ごしていただろう。
ただとにかく驚いたのは、同じ地域、しかも下1桁が2つ違いのナンバープレートをつけていたことだった。
この狭い街から、同じ車種で、冬の北海道へ行った人がいる。
信号待ちの時、我慢しきれずに声をかけた。
「家、たぶんものすごく近所です」
10分後、私とその男性は王将の席にいた。
少し遅れてセローの女の子も合流してきた。
(夫には「ミラクル起きたから着くの遅くなるわ!」と伝えた)
「なんで冬の北海道に?」
「去年、雪の上を走る友達が楽しそうで。好奇心ですかね。そちらは?」
「俺は何年も前から連れと計画立ててたんだよ。で、その話を喫茶店でしてたら、近くの席にいたこの子が私も連れて行ってください!って言うもんだから、一緒に行くことになったってわけ」
「エヘヘ…」
バイクに乗る女はだいたい負けず嫌いで意地っ張りで好奇心旺盛だ。
私にはわかる。
そのうちの一人だから。
注文していた餃子が届く。彼らはまだ夕ご飯を食べていなかった。
私も桃まんを頬張る。
「雪の上を走ってるって、実際に体験してみても最初は信じられなかったよ。」
「吹雪の中民家に避難させてもらったけど、あれがなかったら死んでたかもしれねえ」
「私も、夫が車でついてきてくれなかったら死んでたかもしれないです」
「えっ?!旦那は車だったの?めっちゃいい男じゃん」
「そうなんですよ。それどころかずっと写真を撮ってくれて…」
盛り上がる。
ずっとこのまま話し続けたいぐらい。
ただ、そのいい男である夫をホテルで待たせていることもあり、名残惜しいけれど早めに失礼することにした。
旅の出逢いは一期一会。
本州へ帰ったあとでもこんなに素晴らしい出会いがあるとは思わなかった。
またいつか会えるかな?
…と思ったのだが、彼にはすぐにもう一度会うことになった。
翌朝電車に乗る夫と別れ、のんびりと自宅へ帰る途中
休憩で入った道の駅藤樹の里あどがわに、そのクロスカブが止まっていた。
「そりゃ帰る方向全く同じだもんね~」
笑い合った。
ここまでくれば何かの縁だろうということで一緒に家まで帰ることになった。
休憩がてらソフトクリームを買い、二人で机を囲んだ。
「普段はどんなツーリングしてんの?」
「キャンプメインですかね」
「ロンツーもする?」
「そうですね、好きです」
「それならさ、」
彼が言った。
「原付の聖地って言われている島があるんだけど、知ってる?」
☆続く☆
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