ひとりごと

類友、みんな違ってみんないい

団体行動が苦手だ。

友達は少ない。というか、頻繁に会う友達がいない。たまに会う友達はちょっといる。
それで満足している。

以前日常会話の中で、前職の会社の女の子たちには週に1回、または月に数回会って喋る友達がいると聞いて、心の底から驚いた。
なにをそんなに?週末はひとりで遊びたくならないの?

でも、そういうものらしい。性格の違いなんだなって思った。
別にどっちが優れてるなんてことはないよね。

実を言うと、夫以外のすべての人間、3泊以上一緒にいるとだんだん辛くなってくる。
ひとりになりたくなってきてしまう。
その人が悪いわけでは全くないのよ、私自身が協調性に欠けているからかな。

そんな私だけど、最近気の合う同年代の友達ができた。
ずっと一緒にいるわけじゃない。稀に(本当に稀に)集まって情報交換する存在。

名付けて「強い女
全員強い。どこでも泊まれるし体力おばけばっかり。
たぶんメンバーの中では私が一番弱いんじゃないかな。
ハードに山ばっかり上ってる人もいれば、男性でもキツいような旅路をケラケラと楽しく走破しちゃう人もいるし、遊牧民みたいに住む場所を変えながら地元の文化を勉強していく人もいる。
傍から見たら全員「バイクに乗ってる旅が好きな女」としてカテゴライズされるかもしれないけど、実際にはバイクに乗る目的も、出かける場所も違うんだ。

カテゴライズ。

自分が一番されたくないことかもしれない。
でも、ふとした瞬間に自分も誰かをカテゴライズしてしまう。
そして勝手に自分の中で優劣をつけてしまう。本当に良くない。

現代の日本において強い心ってなんだろうって考えた時、多様性を認められる心なのかなって思ってて。

例えばの話で言うと、
ここ最近の私自身は梅田でショッピングとかディズニーとかに行っても全然楽しくないけど、それを楽しむ人を見て
「あんなの楽しんでるやつらの気が知れない」
「ああいうのは馬鹿がすることだ」
なんて考えるのはよわよわの最弱な心。
「そういうのを楽しむ人もいるよね」
と、違う界隈の人間ながら存在を認められたほうが圧倒的に強いし、生きてて楽しいと思う。

さすがに上のは極端な話だけど、自分とは違う考えの人間を勝手に自分の価値観でカテゴライズして、多少なりとも劣っているって勘違いしちゃうのは誰にでも起き得ることだと思うんだ。

そういうの、なくしたいよね。

強い女の会は今のところは体力的な意味での強さを指しているけど、ここのメンバーはたぶん心も強いし、これからももっと強くなっていく。
心身マッスルでいこう。強い女。

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